海外駐在員マネ太の家計・資産管理

海外駐在員であるマネ太が結婚を機に家計・資産管理を備忘録として公開。

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【海外駐在員】~第1回~カンボジアという国

 

 

皆様、こんにちは。

今日は私の駐在先であるカンボジア王国を複数回に分けて紹介したいと思います。

カンボジアは聞いたことあるけど、世界遺産アンコールワット以外に何かあるの?という感じではないでしょうか?

実際、私も駐在前の知識はアンコールワット以外なかったのが正直な話です。

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有名なアンコールワット

 

カンボジアは東南アジアに位置し、タイ・ベトナムラオスに面しており、人口は1,600万人前後、首都はプノンペンです。現在も発展途上国であり、貧困問題が数多く残っています。

気候はTHE東南アジアであり乾季と雨季に分かれており、雨季の時にはスコールが1時間近く続く事もあり浸水・水漏れザラにあります・・・年中暑い気候ではありますが、乾季はとにかく暑い!!40度前後の日が連日続きます。

 

歴史の話は苦手なので本当は割愛したいのですが、カンボジアを説明する上で非常に大切な事ですので説明させていただきます。

カンボジアはおよそ45年前、悲惨な大量虐殺の歴史を持っています。

1975年、内戦の結果、ポル・ポト政権が実権を握りました。そして、すぐに都市部にいた人達を強制的に農村部に追いやったそうです。当時、ポル・ポト率いるクメール・ルージュという政党は、「原始共産主義(階級や格差の全くない原始時代の状態に戻そうとする考え)」を掲げていました。クメール・ルージュは、「知識は人々の間に格差をもたらす」という考えから、「国を指導する我々以外の知識人は自国には不要」と考えました。そこで、農村部に追いやった人々や、留学や仕事で国外へ行っていた人々に向けて、「国の再興のために、医者や教師、学生だった人は名乗り出してほしい」と布告を出し、国内外の知識人を集めたそうです。その目的は、該当する知識人、名乗り出た人を、トラックで処刑場に運び、皆殺しにするというものでした。そのようにして、カンボジア国内から知識人は次々と殺されていったのです。

 

大人と違い、何も知らない子ども達は、

・「悪質な思想に染まってない」

・「原始共産主義を良く理解する」

という理由から、積極的に社会的な役割に就かせ、子どもが大人を監視し、殺してしまうという状況になっていったのです。そして、医療をたった数ヶ月だけしか勉強していない子どもの医者による治療が行われ、症状が悪化し、死に至るということも起きていきました。

後に、カンボジアから亡命した人々で軍隊が結成され、ベトナム軍の軍隊との共同でポルポト政権を攻め、1979年、遂に首都プノンペンを陥落させ国民を解放する事に成功しました。この時、ポル・ポトから解放された国民の85%が14歳以下だったという話です。ポル・ポト率いるクメール・ルージュが実権を握っていた1975年から1979年の4年間の間に200万人〜300万人のカンボジア国民が亡くなったとされています。

そして人口のほとんどが14歳以下の為、教育ができる人材が全くいない国になってしまったのです。

たった45年前に起きていた出来事で今の日本人からすると全く想像できない歴史ではないかと思います。

 

以上がカンボジアの歴史の一部であります。

やはり歴史の話をすると長くなってしまいましたので、今回はこの辺で終わりたいと思います。次回は今のカンボジアがどうゆう状況かをお話出来たらと思います。

 

マネ太